仏壇と瞑想タイム

子供の頃、よく父や母の故郷、実家に行くと、おじいちゃんおばあちゃんがいて、朝はてんこもりのご飯をお仏壇にそなえます。
夕ご飯を食べる前にろうそくを立て、お線香をつけて仏壇に向かってなにやらむにゃむにゃとお経を唱えます。
古くなったご飯はおばあちゃんが食べることが一つの役目。
おりんの音が妙に清々しく響く、なんていう経験をされた方は決して少なくないでしょう。
一昔前は、大体どこの家でも神棚、仏壇があり、そして、そこにいた高齢の方がお参りをしていたような気がします。
現代はどうでしょう?勿論、宗派、宗教によって違いはあるものの、やはりそういうお参りの姿を見る事は少なくなったような気がします。
けれども、また昨今にあった「スピリチュアルブーム」によって、神社参拝等がにわかに女性の間でもはやり始めたことから仏壇を家に置くブームにいつ火がついてもおかしくない気もします。
元々、仏壇は、一般の家庭に置かれている仏教の礼拝施設です。
仏教寺院の本尊をまつる須弥壇、寺院で本尊を安置してあるところが一段高くなっている場所、を模して、小型化して作られたものです。
内側は仏壇の多くにおいて、豪華絢爛な作りになっていて、宗教によって、宗派によって、種類があります。
大きく分類すると、金仏壇、唐木仏壇、家具調仏壇に分けることができます。
また昔の日本家屋には大抵仏間が設けられていました。
今の住宅様式だとなかなか仏間を設けている家は見られないでしょう。
そんな住宅事情に合わせて家具調仏壇等があります。
一度百貨店や仏具店を覗かれると、きっと自分の想像以上のモダンなデザインの仏壇があることに驚かれるでしょう。
そして、自分の家に仏壇を置いても違和感がないことに気づかれるかもしれません。
仏壇に向かうということは、一種の瞑想に近いものではと考えられます。
これは宗教的な話を取り払っての話です。
瞑想は基本、心を無にします。
心を無にする機会、一日の中で何回ありますか?今の世の中、夜も光に溢れ、音もやむこともなく、テレビのスイッチをいれれば、どんな時間でも様々な映像をみることができます。
テレビの放送が終わったらオンデマンドの配信サービスを使ったり、DVDを見れば、いつでも劇場は目の前にあるようなにぎやかさを得る事ができます。
逆に静寂はどうでしょう。
心身ともに空っぽになってみて、静かに自分自身を見つける機会はあるでしょうか。
きっと就寝するまでそういう時間とは無縁に過ごしている方も多いはずです。
もし仏壇を家に置く機会があったら、せっかくですから、仏壇を前にお参りというか、「ありがとう」の気持ちで頭を下げ、しばしの間、瞑想してみてください。
きっと自分自身が思いのほか疲れていて、静寂の時間を求めていたことに気がつかれるでしょう。
そんなチャンスを与えてくれる一つのきっかけが仏壇かもしれません。
仏壇を前にしてリラックスし、瞑想してみるというのも、なかなかいきなことなのではないでしょうか。